ジッターとは、クロックのタイミングの「ゆらぎ」のことです。
例えばいわゆるノイズは信号に対する信号以外の信号のことを表しますが、ジッターはクロックが本来持つべき時間精度に対する「ゆらぎ」(時間軸のノイズ)として捉えることができます。ジッターとはクロックとクロックの間の時間ゆらぎ(位相雑音)のことです。
上のグラフはどちらも同じ5Hzのクロックですが、ジッター(量)がまったく異なります。
音をデジタル化してパソコンやCDなどで扱ったり再生するためには、DACやADCといった処理が必要になります。これらの処理では「アナログの信号を一定時間ごとにデータ変換」することで実現しています。この「一定時間ごとに」というのがとても重要で、これが狂ってしまうと再生する波形が歪んでしまいます。すなわち、なるべくジッターのないクロックを使用しないと波形が歪んでしまうことになります。
DAC/ADCにおいてクロックの精度が音質に影響することはよく知られていますが、発振周波数安定度(ppm)が良ければ音が良いという風潮がかなり強くあります。
それはクロックを「TCXOに載せ変えて音が良くなった!」という記事が多数あったり、市販製品でもクロックの安定度(ppm)の低さをセールス要素として語っているものが多くあるためでしょう。
クロックは「発振器」などで生成されますが、通常は水晶が使われます。通常の水晶発振器をXOといい、温度補償付水晶発振器をTCXOと言います。前者の周波数安定度は50ppm程度なのに対し、後者は2.5ppm程度と10倍ぐらい高精度になっています。
そのような状況でTCXOは好んで使われているのですが、理屈上はジッター低減のためにTCXOを使うのはあまり意味のない行為です。なぜなら、周波数安定度(ppm)は「ある期間(例えば1秒間)のクロックの個数を補償している」だけでジッターとは何の関係もありません。最初の図で見たとおり、ある期間のクロックの個数が一定でもジッターの量はいくらでも変化します。
しかしながら、全く無意味というわけでもないようで、TCXOが周波数(クロック数)を補償するための仕組みや回路が、結果としてジッターを低減している可能性が大いにあるようです。
ちょうど手元にPCM2704 DACが2台あるので、同じPCに同時に接続して試聴してみました。手前のDACがクロックを載せ替えている方で、奥が標準の回路になります。
以前比較したHC53は消費電流が多すぎて比較にならなかったので、消費電流が数mAの(FOX924Bと大して変わらないもの)を選びました。また電源を差し替えたりすると音が安定しないので、交換後しばらく鳴らしてから音質を比較しました。
標準のクロックです。非常に綺麗な音がします。以下、これを基準とします。
- KC3225K12.0000C1GE00 162円
- 標準XO ±50ppm
- ジッタノイズ(25MHz時) 143dBc/Hz @1kHz
- 位相ジッタ 1ps @12kHz-20MHz
- SIA-3000, Jsigma : 50ps / Jpp : 1.0ps
- CMOS
低ジッタでNZ2520SDより評判も良い京セラKC7050Kのサイズ違いです。
標準のFOX924Bに肉薄する音質です。ただし、FOX924Bに比べるとわずかに音の広がりが弱く、そしてやや音が濁る印象があります。
KCxxxxBというシリーズもありますが、こちらはジッタ性能が落ちます。試しに乗せて比較してみましたが、FOX924Bに比べると音がザワ付きます。
FOX924Bと同じ±2.5ppmのTCXOです。FOX924Bと異なりジッタノイズが規定されていますが、KC3225Kと比べるとだいぶ劣る数値になっています。
音質はFOX924Bと同じ。違うと思って聞けば違う音のような気もしますが、もはやプラシーボの域を出ない印象で、同じと言って差し支え無いと思います。
- ASEMB-12.000MHz-LY-T 251円
- MEMS ±10ppm
- ジッタノイズ(100MHz時)
- サイクルジッタ 50ps
- Period Jitter RMS 5ps
- CMOS。消費電流 5.7mA。
水晶ではなくMEMSと呼ばれる半導体発振器です。MEMS素子といえば加速度などのセンサーで使われていたのですが、最近はMEMSの発振器というものが登場し、安価でありながら±10ppmと水晶を上回る性能を発揮しています。
期待の音質です。FOX924Bよりも空間表現に優れますが、音の綺麗さは少し劣ります。2.5ppm精度のTCXOはただ高いわけではない(苦笑)
しかし、手ハンダするには一般的な発振器の何倍も難しい構造(パッド)になっています(汗)
安価ながら20ppm/3.2psのXOです。ちょっと大きかったのですが無理やりつけてみました。
音質ですが、FOX924BどころかKC3225Kより劣ります。平面的な音の鳴り方で、よくある水晶発振器(回路)によるクロックという印象でした。
PCM2704がPLLと呼ばれる回路を内蔵し外部クロックを基準としてDAC再生クロックを内部生成しているためか、ジッタ性能の影響は少なく周波数安定度のほうが影響が大きいという結果になりました。
ただ20ppmでも音の悪い水晶発振器とか、2.5ppmのTCXOよりMEMS素子の10ppmが優れた音質を示したのは一見すると矛盾です。
そんなわけで「TCXOは標準の水晶発振器に、逆特性の温度補償回路を付けたもの」であるので「内蔵されている素子単体の性能としてはMEMS素子のほうか優れるのではないか」という仮説を立ててみました。
温度補償回路は、-30度から+85度という大きな温度領域でのずれを補償するためのもので、通常クロックを使用するほとんど温度変化がない状況においては補償回路よりも素子性能がものを言うのではないかという考察です。同様に、そのようなほぼ一定温度条件下での「クロックのずれの少なさ」は、素子性能が大きくものを言うんじゃないかと考えています。
以上、戯言みたいな仮説だと思っておいてください。
追加検証をするとしたら、PLLを内蔵しない単体DACに24.576MHzなどのクロックを直接与えて検証してみたいところです。その際は、0.28ppm精度のTCXOも含めて。
PLLを内蔵しないPCM5122に直接クロックを与えて試験してみました。使用クロックはすべて24.576MHzです。ASDMBは上に述べた、ASEMBの単なるサイズ違いです。
- ASDMB-24.576MHZ-LY-T(MEMS) 10ppm
- KC2520K24.5760C10E00(XO) 50ppm
- ASTX-H11-24.576MHZ-T(TXCO) 2.5ppm
結果は「ASTX > ASDMB > KC2520K」。KCxxxxKはPLL内蔵DACの時も感じましたが、音が少し荒っぽいです。中域が少しカサ付く感じがします。ASDMBは安定して綺麗で、ASTXは空間再現などが一枚上という印象でした。
しかしPLL内蔵DACと比べると、クロックによる音質差は少なく感じます。もしかすると、PLLって百害あって一理なしなんじゃ(苦笑)
- KC2520K22.5792C10E00(XO) 50ppm
- SIT8008AC-12-33E-22.579200G(MEMS) 25ppm
- ASDMB-22.5792MHZ-LR-T(MEMS) 25ppm
やはりMEMSのほうが良かったです。KC2520Kは音が平面的で少しカサつきますね。
同じ25ppmのSIT8008ACとASDMBを比較すると、ジッターの影響なのかASDMBのほうが音が綺麗に感じました。僅差というよりは、ちゃんと分かる差がありました。
PLL内蔵DAC(もしくはPLL付きDAC回路)において。
- ジッタ性能よりも周波数安定度が音質に効果がある。
- 性能が同程度のTCXOは音質差が少ない。
- スペック上の安定度がよくても実際には音質が優れないものもある。
PLLなしDAC(PLLなしDAC回路)において。
- PLL内蔵DACよりも、クロックによる音質差は少ない。
- 標準XOよりもMEMS。MEMSよりもTCXOという、ppm通りの結果に。
いくつも試聴したわけではないのでなんとなくの印象でしかありませんが、(同シリーズのクロックならば)ppmの精度が上がると音が綺麗になり、ジッタの性能が良くなると空間表現が広がる感じがしました。
繰り返しになりますが、周波数安定度(ppm表記)が優れているものが音質が優れているわけではありません。
低ジッター、短時間(1秒以下)におけるクロックのゆらぎが少ないものが音質が優れています。
長時間でのクロックの周波数安定度を元に音質を議論しているものが稀に見られますが、あれは論外です。ご注意下さい。
同一型番(同一シリーズ)を比較する場合においては、周波数安定度が高い(ppmの数値が低い)クロックの音質が良い(ジッターが少ない?)ことが経験上知られていますが、本来は何も関係はありません。
上記サイトはとてもよく分析された優れた記事ですので、ぜひ参考にしてください。NZ2520SDは入手が面倒なので試してませんが、このサイトやネット上の評判を読む限りKC2520K(=KC7050K)よりも劣るようですので、まあ良いかなと。