電源とノイズのお話
※本稿はC81でのstrvさんのサークル同人誌への寄稿原稿を元に書き起こしました。
寄稿原稿のpdf版 : strv-c81-nabe.pdf
C80の寄稿もお願いされたのですが暇はあってもネタがなくて挫折しました。C82は特に依頼されてなかったりというnabeです。
今回は電源とノイズのお話。間に合わないと思っていたデジタルオシロが無事届いたので少し頑張りました。普段何気なく使っている電源ですが実際の動作はどうなっているんでしょうか。スイッチング回路がよくて3端子レギュレーターが良いという話は聞いてるけど実際どこまで違うのか? そんな話を少し調べてみました。
なお、回路の基礎知識は下記URLを参考にしてください。
目次
電源とノイズ
アンプやアナログ回路を作っていて大変なのはもちろん信号部の回路設計ですが、同じぐらい重要な要素として電源の設計があります。設計した回路がきちんとその性能を発揮するためには、それ相応の(回路にふさわしい)電源の設計が不可欠です。
例えばアンプの電源がいかに音に影響を与えるか、電源のコンデンサを変えたことをある人なら実感できるのではないでしょうか。
電源の要素は、電圧はもちろん電流供給能力や出力インピーダンス等いくつかあります。電源に含まれるノイズの少なさ(電源のクリーンさ)はそれらと同じぐらい大切な要素です。
スイッチング電源の基礎
スイッチング電源の原理を理解するため、基本的な昇圧回路の構成を示します。
この回路でSWをonにするとコイルに(磁気)エネルギーを貯め込みます。SWをoffにすると5V電源にそのエネルギーを上乗せし、SBDを通してC1に電気(電荷)を溜め込みます。SWを50kHzや数100kHzなどの速度でon/offすることでC1に12Vや16Vなどの電圧を生成することができます。これがDCDCと呼ばれる直流(DC)から直流(DC)を生成する方法の原理です。スイッチを高速にon/offすることで電圧を生成するためこの原理を使用した電源をスイッチング電源と呼びます。
従来のトランス電源ではAC(商用電源、交流電源)からトランスを介して直接目的の電圧(DC)を得ていました。このような電源アダプタをACDCアダプタと呼びます(略してACアダプタと呼ばれました)。
スイッチング電源では、ACからトランスを使用し数十V~100V近い直流電圧(DC)を得て、ACから直接整流した直流電圧を絶縁型DCDCにより低い目的電圧(12Vや5V等)に変換しています。従って正確にはACDCDC電源とでも言うべきなのでしょうが、原理の違いに着目してスイッチング電源やスイッチングACアダプタと呼ばれます。ACDCの過程で低い電圧を生成しないために小さなトランスで済むことが特徴で、スイッチング電源アダプタは電圧と最大電流が同じトランス電源と比べ、はるかに小型で軽くなっています。
スイッチング電源のノイズ
本題に戻りましょう。
コイルに溜まったエネルギーを放出する際、コイルは瞬間的に高電圧を出すことができます。この高電圧はパルス性のエネルギーです。パルスというのは瞬間的に立ち上がりまたすぐに立ち下がる現象のことで、周波数成分としては低周波から超高周波まですべての周波数を均等に含みます。
この高周波成分のノイズが非常に厄介なのです。
コラム1 ~パルスの補足解説~
コイルがパルス性のエネルギーを生み出すのは、SW動作が矩形波であり、コイルが微分要素であることから導き出せます。矩形波(ステップ波)を微分することで得られる(単発の)パルス波はフーリエ変換の理論によりすべての周波数のエネルギーを等しく含みます。これは数GHzやそれ以上の周波数成分を(理論上は)含むことを意味します。
秋月スイッチング電源
ブレッドボード上で15Vのスイッチング電源に500Ωの負荷をつなぎ、負荷までの間にR1=10Ωの抵抗を入れました。
Xはジャンパ、Yは未接続です。
観測した波形が次の画像です。
<1>が電源の出力を直接観測したもの、<2>が目的の測定結果です。この後出てくるすべての画面で、<2>は10倍(20dB)の差動プリアンプにより観測しています。つまりレンジの1/10が実際に観測された電圧になります(またプリアンプ(LM7171)のノイズ等も混ざってます)。
約30kHzでDCDCのスイッチ動作がされています。パルス性の独特のスパイクノイズが見られ、またSW動作による充電~放電、そして再充電のサイクルもわかります。
この状態でYの部分にコンデンサを追加してCRフィルタを構成してみます。
●Rubycon MCZ 16V/1000uF
●ニチコン KZE 16V/470uF
●ニチコン HZ 16V/680uF
●サンヨーSPEC (OS-CON) 16V/470uF
MCZとKZEが低ESR電解コン、HZが超低ESR電解コン、SEPCはDCDCの平滑でよく使われる現状一番優れてると思われる固体電解コン(導電性高分子コンデンサ)です。
容量の上で不利なはずのSEPCが最もよくノイズを吸収していることが分かります。MCZは低ESR品なのですが容量の大きさが影響してるのか良くありません。
SEPCをつけたままの状態で、回路図のXの部分にフィルタとしてコイルを追加してみます。100uHのパワーコイル(村田製12RS104C)です。
高周波ノイズは減ったような気はしますが、オシロの波形ではよく効果がわかりません(汗)。レンジを変えてみます。
Yにもう1つSEPC 16V/470uFを追加しましたがほぼ違いが分かりません。
測定の不手際もありますが、ブレッドボードで高周波ノイズ測定は埒があかないので、秋月電源はこの辺で諦めました(苦笑)
LT1308昇圧ボード編
もっと手軽に自作のLT1308昇圧ボードを使用してノイズ観測を行いまいした。
直流安定化電源から4Vを供給し、LT1308昇圧ボード(出力に16V/47uF積セラ付)を介して12Vを出力します。フィルタ回路はユニバーサル基板にその都度はんだ付けしました。負荷抵抗は470Ω(約25mA)、フィルタ後コンデンサとして16V/ 470uFのSEPC(OS-CON)を常につけています。初期状態ではXはジャンパ、Yは未接続です。
●R=10Ω
●R=100Ω
抵抗はフィルタの手段としては常套ですが、大きな効果は得られませんでした。
R=10Ωとして、Xに100uHのチップコイルを追加するとスパイクノイズが若干減少します。 (コイル:GLCR2012T101M-HC/2012)
さらにこの状態で、チップコンデンサ(積セラ)をYに1つずつ追加していきました。
●Y=1uF
●Y=1uF + 0.1uF
●Y=1uF + 0.1uF + 0.01uF
●Y=1uF + 0.1uF + 0.01uF + 0.001uF
1uFの追加でスパイクノイズが若干和らいでいる様子が見られます。反面、先ほどまでなかった大きな脈流が増えてもいるので共振が起きてる可能性もあります。
0.1uFの追加でも更にスパイクノイズノイズが更に減る一方で脈流が増えてます。
0.01uFの追加は逆に悪くなってるようにもみえますが、0.001uF(1nF)の追加で更にスパイクノイズが減っています。
コラム2 ~高周波観測の難しさ~
差があるといってもほぼノイズに埋もれてしまい、非常にわかりにくい状況になっています。DCDCのような超高周波を含む装置の観測は、オシロスコープへの回り込みノイズが激しく、GNDとプローブ接点を接続した状態(つまりGND=0Vを測る状態)のまま、被測定回路のGNDに触れるだけで高周波ノイズが回り込みます。
これは差動プリを外した状態ですが、10mVレンジなので大きさが分かると思います。差動プリアンプを挟むことで大幅に低減はできていますが、それでも掲載画像程度が限界でした……。
ところで、高周波用にチップ積セラを追加するとどうして意味があるのでしょうか。理論上、コンデンサは容量と周波数に比例してインピーダンスが低下するので、大きな容量のコンデンサを1つ付ければ済むはずです。
これには直列等価抵抗(ESR)や直列等価インダクタンス(ESL)というものが関係します。
市販されているすべてのコンデンサは純粋なコンデンサではなくESRやESLといったコンデンサに直列に挿入される抵抗やコイルの要素を含むと考えることができます。これはコンデンサのリード足だったり、内部の電極板や誘電体が持つ抵抗値、またそれらが持つコイル成分です。
例えば、先に出てきたMCZのESRは18mΩ(0.018Ω)、HZは12mΩ、SEPCは10mΩです。またESL成分によりある周波数より上ではコンデンサのインピーダンスが上昇し、コンデンサがコンデンサとしての役目を果たさなくなります。コンデンサの自身のインピーダンスとESLによるインピーダンスが等しくなる周波数を自己共振周波数といい、積セラ等のデータシートには記載されていることがあります。自己共振周波数では、コンデンサはコンデンサの役割を果たさなくなるため、共振周波数以下でのみコンデンサはコンデンサの役割を果たすと考えることが一般的です。
コンデンサ | 自己共振周波数 |
---|---|
電解コン | 100kHz~2MHz程度 |
1uF積セラ | 2MHz程度 |
0.1uF積セラ | 10MHz程度 |
0.01uF積セラ | 80MHz程度 |
0.001uF積セラ | 100~200MHz程度 |
※積セラは1608/X7Rの中からZ,ESR特性が公開されている太陽誘電製のLMK107及びHMK107シリーズを参考にしました。
※電解コンデンサの自己共振周波数はほぼ公開されてないためRCフィルタ回路を構成し簡易測定しました。測定したコンデンサの容量は10uF~1000uF程度ですが容量が小さいほど自己共振周波数は高くなります。(逆にいうと、単品コンデンサの容量が増えれば増えるほど高周波に対して無力になる)
コラム3 ~高周波では役立たず?~
一般的には「自己共振周波数を超えると役にたたない」と言われていますが、全く役に立たないという訳でもありません。共振周波数付近においては自己共振による厄介な問題もありますが、共振周波数を超えたところでは(理論値よりも)性能が落ちるだけでそれなりの役割は果たします。
図は太陽誘電製1uF積セラのデータシートから引用しました。自己共振周波数である10MHz付近を境にV字でインピーダンスが上昇を始めていますが、30MHzにおいても2MHzと同等程度の能力(インピーダンス)があることが分かります。
LT1308昇圧ボード編(2)
これまでの結果から「DCDCには色々なコンデンサを追加すれば問題ない」と思っていると大きな落とし穴です。
同じ回路で、時間レンジ0.4usから100usに変更し再度測定してみます。
●X=10Ω
●X=100Ω
●X=10Ω, Y=MCZ 16V/1000uF
大幅に時間レンジを変えたことで4kHzの脈流が見えるようになりました。
DCDCの固有の癖みたいなものなのですが、LT1308には500~700kHzのスイッチタイミングとは別に出力の電圧が設定値より下がってきたらスイッチ動作を速くして(もしくはonにして)、出力の電圧が設定値より上がったらスイッチ動作を遅くする(もしくはoffにする)という仕組みがあります。それによる出力電圧変動がこの4kHzの脈流なのです。
世の中の(コイルスイッチ式)DCDCはみなこのような仕組で動いているので、高周波だけ見ているとうっかり低周波の脈流を見落とすことになります。4kHz付近のノイズ対策としてはRCフィルタのRまたはCを増やすことですが、R=100Ωでは電圧降下が激しく実際この回路では9.75Vになりました。
この周波数帯に最も効果のある対策は3端子レギュレータです。LT1308の出力を直接5Vの3端子レギュレータ(NJM7805)に入力し、負荷抵抗を470Ω(約25mA/12V時)から220Ω(約23mA/5V時)に変更しました。
4kHzの脈流はほぼなくなりました。
3端子レギュレータ電源
気づいたらスイッチング電源の解説が長くなってしまいましたので、ここで3端子レギュレータ(リニアレギュレータ)のお話をしておきます。
3端子レギュレータというのは、(変動する)入力電圧から設定された電圧を生成し出力する電源用ICのことです。入力電圧は出力電圧よりも常に高い必要があり、この電圧差をドロップ電圧といいます。ICが正しく動作するために必要なドロップ電圧は最低何Vか、データシートに必ず書かれています。
例えば、8Vの電圧を入力し、5V/0.2Aの電圧を出力する場合、ドロップ電圧は3Vとなるわけですが、このエネルギーはすべて熱として消費されます。出力が0.2Aなので発生する熱エネルギーは3V×0.2A=0.6Wです。もし1Aだったり入力電圧が15Vなら3Wになるので放熱板が必要でしょう。
3端子レギュレータは理論上、出力電圧+最低ドロップ電圧よりも入力電圧が高ければ、常に一定の出力電圧を生成できます。つまりノイズが皆無のクリーンな電源を作ることができるのですが、あくまで理論上の話。実際そううまくは行きません。
3端子レギュレータの性能を見るため次図のような回路を組みました。バッファアンプはMOS-FETを使った強力なものですが、負帰還なしかつ上下非対称構成のかなりいい加減ものです(テストには支障はなかったのでご勘弁ください)。負荷抵抗は100Ω(50mA)です。
FGと書いたファンクションジェネレータから100kHz、1Vpp(±0.5V)の矩形波を発生させ観測しました。
●X=ジャンパ、Y=未接続
変動をかなり押さえ込んでいますが、立ち上がりと立ち下がりにおいてゆるやかなスパイクノイズが出ています。3端子レギュレータは、60dB(1/1000)や80dB(1/10000)といったノイズ除去能力を持っていますが、それはあくまで低周波においてのみです。高周波ノイズを抑えこむ能力は著しく低く、一般的な構成では100kHz程度から性能が低下し始めます。
ですのでノイズ対策の常套手段は、3端子レギュレータより手前で高周波ノイズを除去し、3端子レギュレータで低周波ノイズを除去するというものです。これにより比較的クリーンな電源を得ることできます。
●X=10Ω+100uH+フェライトビーズ。Y=1uF+0.1uF+0.01uF+0.001uF
<2>の電圧レンジが50mVから5mVに変更になっています。高周波ノイズがよく除去されているのが分かりますが、一方で高周波振動が残っています。
同時に、比較的低周波の電圧変動もみられるため、Yに更にSEPC (OS-CON) 16V/470uFを追加すると電圧変動が改善します。
3端子レギュレータ回路の周波特性
続いて、3端子レギュレータ回路の周波数特性を見るため、一般的な出力側コンデンサのついた回路で測定を行いました。
2Vpp(±1V)の正弦波をFGで生成しています。バッファがいい加減なため波形が歪んでいますが、ご勘弁ください(汗)。
●100Hz / 2mVレンジ
●1kHz / 2mVレンジ
●10kHz / 2mVレンジ
●100kHz / 2mVレンジ
●300kHz / 2mVレンジ
●300kHz / 2mVレンジ
●500kHz / 2mVレンジ
●1MHz / 10mVレンジ
●2MHz / 50mVレンジ
※2mVレンジで激しいノイズが見えるのは、測定系への飛び込みノイズが主だと思われますが、調査はしていません。
表にまとめます。電圧はおよそです。
周波数 | pp電圧 | 除去能力 |
---|---|---|
100Hz | 0.4mV | 74dB |
1kHz | 0.3mV | 76dB |
10kHz | 0.3mV | 76dB |
100kHz | 0.2mV | 80dB |
200kHz | 0.3mV | 76dB |
300kHz | 0.3mV | 76dB |
500kHz | 0.6mV | 70dB |
1MHz | 24mV | 38dB |
2MHz | 100mV | 26dB |
よくある3端子レギュレータ+電解コンデンサの電源回路では数100kHz程度までしかノイズ除去能力がないことが分かります。2次側の電解コンデンサはOS-CON 16V/470uFでしたが、すでに見た通り(コンデンサ1つあたりの)容量が増えれば増えるほど高周波では性能が悪化しますので注意しましょう。
まとめ
少々難しい言葉も出てきましたが、みなさんなんとなく理解できたでしょうか。たかが電源、されど電源、理解していたつもりで実際に測ってみると意外な発見があり、電解コンデンサのインピーダンスが100kHz程度から上昇することには驚きを感じました。
それにしても高周波の測定の大変なこと……。ブレッドボードではお話にならないのでテスト回路をハンダ付けしたり、差動プリアンプを作ったり、MOS-FET+ダイアモンドバッファでバッファ作ったりと今回は異様に手間がかかりました(苦笑)
差動プリアンプはいずれ作りなおしてブログの記事にします(執筆後、実際に製作したものがこの差動プリアンプ)。電源測定用のバッファ回路も作り直したいところです。
正確を期そうと注意して執筆しましたが、間違えがあったらごめんなさい。ツッコミ、感想などはコメントでお願いします。