Ti製TPA3110D2でLCフィルタレスD級アンプの製作
※2012/12/28 回路図Ver1.4を掲載。全面的に修正。
※2012/02/07 サポート情報に内容追加
音がいいらしいと評判の TPA3110D2 を使ってD級アンプを製作してみました。
- 回路図と部品表
- 製作メモ
- D級アンプの歪み音トラブルの追求(Ver1.0時)
- D級アンプの注意点(備忘録)
- 音質(Ver1.00)
- Ver1.2回路について
- キットのサポート情報(回路の改良情報)
- 感想とかリンク
キット委託中です。
回路図と部品表
ゲイン20dB(10倍)。
部品番号 | 部品 | 数 | 備考 |
---|---|---|---|
U1 | NJM7809 | 1 | 3端子レギュレータ9V |
U2 | NJM7812 | 1 | 3端子レギュレータ12V |
U3 | TPA3110D2 | 1 | D級アンプIC |
FB1,3-6 | 電力用フェライトビーズ | 5 | MI1206K601R-10。3216サイズ/1.5A/600Ω |
FB2 | フェライトビーズ | 1 | MMZ2012R102A。2012サイズ/500mA |
L1 | パワーコイル 100uH/1.4A | 1 | 12RS104C |
L2 | チップコイル 100uH/40mA | 1 | GLCR2012T101M-HC |
R1 | 100kΩ | 1 | カーボン抵抗、チップ抵抗 |
R2 | - | - | 未実装 |
R3 | 10kΩ | 1 | カーボン抵抗、チップ抵抗 |
R4 | - | - | 未実装 |
R9 | 220Ω | 1 | ノイズ除去用抵抗(何でも) |
C1-C4 | OS-CON SEPC 16V/470uF | 4 | 固体コンデンサ |
C7,C8 | OS-CON SEPC 16V/100uF | 2 | 固体コンデンサ |
C9-C12 | PSチップフィルム 0.22uF | 4 | ECP-U1C224MA5 |
C13-C16 | PPSチップフィルム 2200pF | 4 | ECH-U1C222GX5 |
C21-C24 | PSチップフィルム 1uF | 4 | ECP-U1C105MA5 |
C31-C37 | PSチップフィルム 0.1uF | 7 | ECP-U1C104MA5 |
C41-C47 | PPSチップフィルム 0.01uF | 7 | ECH-U1C103GX5 |
C51-C57 | PPSチップフィルム 1000pF | 7 | ECH-U1C102GX5 |
C61,C62 | 積セラ 0.01uF/X8R/50V | 2 | チップ積セラ |
C63,C64 | 積セラ 0.1uF/X8R/25V | 2 | チップ積セラ |
C5, C6 | 積セラ 1uF/X7R/25V | 2 | チップ積セラ |
D1-D16 | ショットキーバリアダイオード | 16 | 20V以上、1A程度流せるもの |
- フィルタのフェライトビーズ(FB3-FB6)は代替品ではなく必ずこの部品を使用してください。この部品の使用を前提とした回路設計になっています。
- SBDによって音が変わります。外したり電流の少ないものをつけると歪んだりします。
- 現回路のアイドル電流 : 55mA
製作メモ
- いつもどおり音声系はフィルムコンです。
- デジタル段の電源もフィルムコンです。D級アンプの出力段はVCCとGNDの出力を切り替えているだけであり、電源/GND電圧がそのまま出力されるため(PSRRが0dBのため)電源がより重要になります。省略せずに0.1uFのフィルムは必ず入れましょう。*1
- TPA3110D2はAVCCからアナログ電源(7V前後?)を内部で生成しており、AVCCには8V以上を与えれば問題なく動作するようです。ノイズがきちんと除去されていれば別段安定化する必要性はないはずですが(データシートの回路ではRC平滑になっている)、レギュレータU1をバイパスするとをバイパスすると音が悪くなったので、現在の構成に。
その他雑多なこと。
- フィルタレスとはいってもフェライトビーズが入っています。
- 安物AMラジオを近づけても(ラジオに)ノイズはのりません。20cm切ると乗るけど、液晶ディスプレイより少なかった。
電源の選択
Ver1.4回路で試聴してみると、トランス電源のほうがやはり少しクリアではありますが、安定化してないトランス電源だと定位がやや悪くなるようです。
逆に、スイッチングACアダプタだとトランス電源よりも少し明瞭感にかけますが、安定化されているので定位が良いように感じます。
本気で鳴らすなら安定化した(14~15Vレギュレーションされた)トランス電源(もしくはこんなの)が良いでしょうが、このアンプの場合「お手軽スイッチング電源でも結構な音質」というのが利点な気もしなくはありません。
D級アンプの歪み音トラブルの追求(Ver1.0時)
D級アンプの音をまともに聴くのは他人のTA2020以来ですが、非常にクリアで良い音でした。これならキットにしても良いなと思ったのですが、残念ながら2つばかり重大な問題が。
- ピアノの音が歪む。通常は大丈夫ですが、高いオクターブで強く打つ音がダメ。そこだけ音割れしたみたいな感じになる。
- ストリングスの音が歪む。特に高次倍音がおかしい。
色々調べてみると、フェライトビーズとC45/C47の共振が問題だと分かりました。
画像からPWMの基本周波数が約300kHzで、共振の周波数が約2MHzだということが分かります。この振動はスピーカーを接続していても、してなくても同じように発生します。データシートでは「共振周波数は10MHz未満に」となっているので一目問題はなさそうです。
しかし、このチップのPWMは常時300kHz前後で振幅していてプラス側とマイナス側で位相をずらすことで矩形波を擬似的に与える仕組みで、これが共振振幅と重なって複雑な波形(音)を出すことで歪みが発生しているようです。
これを抑えるため、D1~D8によって電源電圧範囲に領域を制限し共振のエネルギーを逃がしたところ、ピアノ等で聞こえた歪み音が大分改善しました。波形からも明らかに振動が消えています。
SBDで大分改善されたのですが、それでも音量を大きめにするとまだ歪み音が聞こえます。
D級アンプ出力部におけるZobelフィルタ
デジタル入力のD級アンプTAS5709の評価ボードのマニュアルを見ていたら0.01uF+3.3ΩのZobelフィルタ(スナバネットワーク)が載っていたので移植したろころ、ほぼ完全に歪み音を解消することができました。
しかし0.01uF+3.3Ωでは発熱がひどい。
- 3.3Ωを10Ωに変更しても同じ180mAの消費。
- R11-14の3.3Ωをすべて外すと35mAの消費(うち10mA程度がアナログ段)。
- ちなみにTPA1517アンプ(Dual-mono)はアイドル時130mAの消費。
コンデンサの値を1000pFに下げることで、歪み音を除去しつつ消費電流を48mAに出来ました。やはり抵抗値に関係なく一定の48mAが消費されます。このことから次の推察が成り立ちます。
- D級アンプのZobelフィルタの消費電力はコンデンサの値によってのみ決まる。(ただしRがそんなに大きくないこと)
つまり、Zobelによって消費される電力は同一であるが熱として消費するまでにかかる時間が異なるという推論が成り立ちます。抵抗値は低いほうがもちろん早いのですが、あまり低すぎるとZobel自体が共振回路を形成するのであまりよろしくありません。10Ωから順に下げて、今は1Ωにしてあります。
このZobelフィルタによる再生音の明瞭感向上効果は眼を見張るものがありました。回路各所で起こる余計な高周波振動(共振)をうまく吸いとってくれていると推測しています。
さらなる音質改善と原因究明
これらの処置によりかなりの歪み音改善効果があったものの、ピアノ立ち上がりの歪がどうしても消えません。強烈なフェライトビーズの特性が原因とみて、抵抗値の低いフェライトビーズを使用した3段フィルタを構成したこともありましたが(1ヶ月ほど掲載)それはそれでフィルタが弱すぎて高域のざらつきが取りきれてませんでした。
色々と調べたところ、SBDで+12V側に逃してる共振エネルギーによって、+12Vの電源自体が揺らいでることが分かりました。これは(実験中のため)付けていなかったC7/C8の100uF OS-CONを付けることでかなり改善しましたが、歪音が完全には解消されません。
おそらく数MHzの共振振動が原因なのですが、数MHz帯はノイズとしては大変除去しにくい帯域です*2。ここで一計を案じ、C13-C20の値を1000pFから2200pFに増やしました。これにより共振周波数は約半分になり電解コン(OS-CON)でそのエネルギーを逃しやすくなると想像しました。
結果、歪み音を完全に解消できましたが、書いたとおりの理由によるのか、フィルタ定数の変更で単に通過帯域に変化があっただけなのかどうかは定かではありません。
D級アンプの注意点(備忘録)
製作メモにも書きましたが。
- 出力フィルタの構成一つで音がガラリと変わる。
- 高域の音がきれいでない場合は、出力フィルタによる影響を疑うと良い。*3
- フェライトビーズすら取ってフィルタレスにすると高域がきれいに出ない。フィルタしすぎても、フィルタしなすぎても高域が綺麗に出ないとは……。
アナログアンプではそもそも高周波なんて出力されないので、発振はともかく1MHz以上の共振はまず気にする必要はないのですが、D級ではおそらく数百MHzまでの周波数を含むので気にしないわけにはいきません。*4
おまけにパワー段においてPSRR*5が原理上0dB。IC側でPWMにフィードバックをかけているため20Hz~1kHz程度までは約-70dBあるのですが、高域や広帯域ノイズにおいては無力です。高周波動作しながら高周波ノイズをほぼスルーというのがD級の難しいところだと思います。
D級アンプはコロンブスの卵的で理論はすばらしいのですが、実際には矩形波・パルス波が撒き散らす輻射ノイズや共振現象を抑えこむのが容易ではないという印象です。*6
音質(Ver1.00)
評価条件
比較対象はTPA1517アンプですが、このアンプと使用部品の差をなくすため以下のようにしました。
- 入力カップリングは4ヶ所とも、ECPU 1uF + ECPU 0.1uF + ECHU 10n + ECHU 1n。
- 電源のデカップリングコン追加(4ヶ所)。ECPU 0.1uF + ECHU 10n + ECHU 1n。
- どちらもプリント基板実装。
- 再生装置(PCM2702-v2)、電源、ボリュームなどは同一。
- 比較時ボリュームをいじらない(単にアンプ基板を差し替え。どちらのアンプもゲインは20dB)。
- スピーカーはいつものフルレンジ*7
電源へのECHUを追加しないと、明らかにTPA3110D2の音質が勝ります。このアンプはECHUが出力段電源(PVCC)に入ってるためフェアではないため変更しました。
PVCCに積セラの10uFが入ってたときは「いかにもD級っぽい中域にハリのある音」だったのですが(多分この方が好きな人も多いだろうけど)、フィルムコンに変更したらD級っぽくない音になって肉薄しました。
評価
どちらの基板も3週間ぐらい電源入れっぱなしにして音質評価しました。
中域の明瞭感や定位の良さでは圧倒的にこのD級アンプが上ですが、高域の綺麗さや自然な伸び(艶っぽさ)ではTPA1517NEが上でした。あまり低音の出るスピーカーではないので、低音の差はよく分かりませんでした。
若干の高域のかすれ感は、TPA3110D2の回路のC2,C4,C7,C8のコンデンサを増やすことで改善する可能性があります。SBDで+12V側へ逃した数MHz程度の共振エネルギーが、現状のコンデンサでは完全に逃しきれず電源ノイズとなっていることをオシロスコープで確認していて、おそらくそれが高域かすれの原因となっているからです。
MHz帯なので、単純に容量の大きい物を突っ込めば良いというわけではありませんが、導電性高分子コンデンサ(いわゆる固体コン)やフィルムコンをうまく使えば改善する可能性はあると思います。
ですが、現状でも充分満足できるレベルではあるので、あとのこの記事を読んだ制作者の工夫に委ねようかと思います。
更に追記
Ver1.2回路について
Ver1.0を出した後、試行錯誤を行い実はVer1.1という基板もひそかに製作していました。しかしながら、その設計よりも音質を向上する方法が見つかったため、泣く泣く基板を50枚以上破棄して(汗)、Ver1.2を製作しました。
この改変にはD級ヘッドホンアンプをいじった時の見識が含まれています。
- SBDの種類で音が変わる。
- フィードバックラインの波形が崩れると(振動ノイズ等)音質上よろしくない。
Ver1.00の回路では出力端子から「FB→SBD→コンデンサ→出力」となっていたため、コイル的役割をするFBの手前でフィードバックラインが終わっていました。SBDはパルス性ノイズ(振動ノイズ)を逃がすために重要な役割をしますが、この構成ではスピーカー端子のパルスノイズは軽減できてもフィードバックラインのパルスノイズを逃すことができません。
そこでSBDの位置を変更し、FBの手前、TPA3110の出力部に直接接続したところ音質が改善したため、この構成に変更しました。しかし、これはこれでSBDが持つ容量成分が、アンプ出力段に対して容量負荷として働く問題があります。
- ノイズ(振動)を瞬間的に逃がすため大きなSBDをつけると容量負荷が増え、音が悪くなる(波形が鈍る)
- 容量負荷を避け、小さなSBDを選択するとノイズ(振動)を逃し切れなくなる(音が歪む)。
このようなD級アンプ独特のジレンマがあり、適切なSBDの選択は難しいものがあります。色々試したところ、このICではあまり容量は気にせず能力が大きいほうがよさそうで、キットでは「CRS01(TE85,L,Q,M)」という30V 1AのSBDを選択しました。
Ver1.4回路について
Ver1.2回路のFBより先のスピーカー側にもSBDによるパルスノイズ逃し回路を付加したところ更に音質が向上したため、Ver1.2基板を更にボツにしてVer1.4となりました。Ver1.3が欠番なのは単なるミスです。
キットを出さずして都合何枚基板をボツにしているのかもう数えたくないレベル(汗)
だいぶ良くなったらけどまだ改良の余地はあるかもしれない(苦笑)
キットのサポート情報(回路の改良情報)
キット委託してます。完売御礼。
Ver1.0
- 部品表にFB3-6の表記が抜けていました。「FB1」の部分が「FB1,FB3-6」になります。
- R4が実装済となっていますが、実際には実装されていません。非実装が標準になります。
- ゲイン変更は(パターンカットをしても)実現できません。*8
- 入力に100pF(IN-GND間)程度のフィルムコンを入れると音の明瞭感が向上します。*9
訂正済のtpa3110d2-kit.pdf:Ver1.0用マニュアル(PDF)
バランス入力
バランス入力に改造したい場合は、入力端子付近「裏面」のGND接続(G-G-G並びの2本)をカットしてください(カットしやすいように裏面にパターンを置いています)。
ゲインの変更(Ver1.2以降のプリント基板)
GAIN0, GAIN1スルーホールの裏面にGNDから水平に2本延びるラインがあります。ここをパターンカットすることで、GAIN可変にすることができます。表面にジャンパ用のピンを立てると扱い易いでしょう。
標準では両方ともGND設定の20dBになっています。詳しくはTPA3110D2のデータシートを参照してください。
R4による出力振幅制限
TPA3110D2には出力振幅を制限する機能がついており、これはR4を実装することで実現できます。9pin(GVDD)からは約7Vの電圧が出力され、これはR3(10kΩ)とR4で分圧することでPLIMIT端子への電圧を変更できます。
出力最大振幅Vpp = PLIMIT端子電圧 × 4
となっています。12V電源時、標準状態(R4未接続)では約24Vpp、R4に10kΩを設定すると12Vppが出力振幅の制限になります(BTLなので12V電源時の最大振幅は24Vppであることに注意)。
詳細はデータシートのPLIMITの項目を参照してください。
感想とかリンク
Ver1.4の感想がありましたら悪い評価でも構いませんので教えてください。D級は奥が深いです(汗)