UPSは本当は何分もつの? 有効電力と力率の話
発端はかえでさんのマルチタップコンセントの記事のコメント欄。UPSってよく1500VAや750VAという形で表され、一般にこの値が大きいほどバックアップ時間が長くなります。
でもこれ最大出力電力(最大供給電力)であってバックアップ時間とは何も関係ないじゃんという疑問が生まれました。
電力と電力量
まず基礎的な話。
電力(W)=電圧(V)×電流(I)
100Vで1A使用すれば100Wです。「横幅が電圧」で「高さが電流」の水路を考えれば「水路の広さ=一度にどれだけ多くの水を流せるか」が最大供給電力に相当します。
電力量というのは、その電力をどれだけの時間供給できるかということを意味します。例えば200Whというのは、200Wの電力を1時間(h=hour=1時間)供給する電力量(エネルギー総量)になります。
水路の例で言えば「水の貯水量=電力量」です。2つめの図は100V×5A=500Wの水が2時間分溜まっている様子を示しています。500W×2h=1000Wh=1kWh(イチ キロワット ジと読む)です。この水を100Wの水路(蛇口)で放出し続ければ10時間持つし、もっと大きな500Wの水路(蛇口)で放出し続ければ2時間しか持ちません。
例えば1000Whの電力量があっても、水路が細く最大50Wしか電力供給能力がなければ、60Wの電球1つ照らすことができないのです。このように電力量と電力(最大供給電力)は別物です。
よく家庭の電気契約で20Aや30Aというのは「最大供給電力」についての契約です。家庭の電圧は100Vと決まっていますから*1、20Aというのは100V×20A=2000W、30Aというのは100V×30A=3000Wまで一度に使っていいよという契約です。電気料金は契約電流ではなく(電気供給電力ではなく)、電力量によって決まります*2。
UPSの型番に入る数字が示す「1500(VA)」や「W」といった文字は最大供給電力を意味するのであって、機器を動作させ続ける時間を決定する「電力量(Wh)」とは関係もありません。うしろにひと文字「h」が付くか付かないかでずいぶんと意味が違ってしまいます。
交流の電力は?
そうかバックアップ時間は電力量と関係するのか、わかったところでUPSの仕様書をみると不思議な表記が出てきます。
140VA/100W
1000VA/700W
「VA(ボルトアンペア)」というのは電圧と電流の積という意味です。「W」は電力という意味です。UPS仕様の「140VA/100W」というのは「140VAつまり100W」のときという意味です。140VA=100Wという意味です。不思議です。「電圧(V)×電流(A)=電力(W)」ではなかったのでしょうか?
電池等の直流にはない交流独特の概念なのですが、交流で電気を受け渡すとき、そのエネルギーを完全に使うことは大変難しく、多くは力率というものの制限を受けます。力率という言葉を聞いたことがあっても、なんだかよく分からないという人は多いのではないでしょうか。
交流100Vの2本コードのうち、片方は常に0V(触っても感電しません!)で、もう一方(感電する方)が次の図のように「+」になったり「-」になったりしています。50Hzや60Hzというのはこの「+」「-」の変化を1秒間に何回繰り返すかを示しています。
この図は「電圧」と「電流」の波形を同時に示したのものですが、微妙にずれています。このずれが交流独特の現象です。実は交流でも「電力(W)=電圧(V)×電流(I)」は変わりありません。しかし、交流では「電圧(V)」も「電流(I)」も刻一刻と変化しているため、単純に電圧値(V)と電流値(I)をかけても電力は求められないのです。
ずれると電力はどうなる?
sin波では分かりにくいので、矩形波で説明します。図は電圧と、それを基準に「ずれの無い電流」「1ずれた電流」「2ずれた電流」を示しています。説明のため、電圧も電流も大きさは1とします。
どの場合も、電力は1V×1A=1Wとなりそうです。しかし刻一刻と変化する電圧や電流では、単純に大きさだけかけ算しても電力(W)は求められません。その時その時の電圧と電流をかける必要があります。電圧と電流は2π(8区画)で1周していますので繰り返しの1週分を計算して平均を取ります。とりあえず8区画の電圧/電流値を表にしてみました。
時間 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
(a)電圧(基準) | 1 | 1 | 1 | 1 | -1 | -1 | -1 | -1 |
(b)電流(ずれ0) | 1 | 1 | 1 | 1 | -1 | -1 | -1 | -1 |
(c)電流(ずれ1) | -1 | 1 | 1 | 1 | 1 | -1 | -1 | -1 |
(d)電流(ずれ2) | -1 | -1 | 1 | 1 | 1 | 1 | -1 | -1 |
例えば「(c)電流(ずれ1)」のときの電力を求めるには、同じブロックの電圧と電流をかけ算し、すべて足して平均を取ります。
1*(-1) + 1*1 + 1*1 + 1*1 + (-1)*1 + (-1)*(-1) + (-1)*(-1) + (-1)*(-1) = (-1) + 1 + 1 + 1 + (-1) + 1 + 1 + 1 = 4
最後に平均を取って「4÷8=0.5W」。これが「(c)電流(ずれ1)」のときの電力です。同じように計算すると、
(a)*(b) = 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 = 8 (1W) (a)*(c) = (-1) + 1 + 1 + 1 + (-1) + 1 + 1 + 1 = 4 (0.5W) (a)*(d) = (-1) + (-1) + 1 + 1 + (-1) + (-1) + 1 + 1 = 0 (0W)
となります。電圧と電流の積を単純に「VA」と書くのですが(皮相電力という)、ずれが全くないとき「VA=W」となります。ずれが無いということはほとんどありません。ずれればずれただけ、与えたエネルギーは消費されません(消費される電力を有効電力、消費されない電力を「無効電力」という)。逆に言えば、この例で「ずれが1あるときは0.5Wのエネルギーを与えるためには、1Vで1Aの電圧/電流を与えなければならない」ことになります。もっとすごいのは「ずれ2」のときで、どれだけ電圧や電流を与えても全くエネルギーとして消費されないことになります。
この与えた電圧と電流(VA)に対して、どれだけ有効に電力として消費できるかという割合を力率といいます。*3
(a)の力率 = 1(W)/1(VA) = 100% (b)の力率 = 0.5(W)/1(VA) = 50% (c)の力率 = 0(W)/1(VA) = 0%
なお、電力会社の課金は、実際に消費した電力である「有効電力(W)」に対して行われます。
もっと簡単に計算する
左の図は、右の電圧と電流のずれを円の上に書いたものです。X軸(基準と平行な成分)が有効電力で、Y軸が無効電力です。この図から、
有効電力(W) = 電圧(V)×電流の有効な成分 = 電圧(V)×(電流(I)×cosθ) = ab cosθ
というのが分かって頂けると思います。この「cosθ」こそが力率です*4。さきほどのずれた電流の電力と実質的に同じものを示していることがお分かり頂けると思います。*5
蛇足
無効電力は「電圧(V)×電流(I)×sinθ」になります。だから「皮相電力(VA)=√(有効電力^2+無効電力^2)」です。「ずれ」は一般には位相といい、位相が進んだ、遅れたと表現します。電圧と電流の関係では最大で90度(π/2)位相が進んだり遅れたりします。
力率がよいと何がいい?
力率というのは、与えた電圧(V)×電流(A)に対する電力(W)の割合です。課金対象が(有効な)電力なら力率はなんだっていいじゃないかという話になりますが、実際は違います。
例えば、100Wの機械があって、それぞれ力率100%/10%/1%だったとすると。
100W / 100% = (必要な電源の能力)100VA (100V×1A) 100W / 10% = (必要な電源の能力)1000VA (100V×10A) 100W / 1% = (必要な電源の能力)10000VA (100V×100A)
電気料金は変わらなくても力率1%ならプレーカーは確実に落ちます。力率が悪ければ悪いほど、リッチな電源が求められるということです。その電力が有効に活用されようがされまいが、最終的に発電機の負荷は「電圧×電流」になってしまうのです。
電力変換効率
力率と電力変換効率は全く違います(全く関係ありません)。
電力変換効率というのは、PC電源やACアダプタといった電気エネルギーの変換装置……単純にACアダプタに入れた「有効電力」とそこから出て行った「有効電力」の比です。*6
例えば、パソコンのCPUとかメモリとかHDDとかマザーボートとかすべての(純粋な)消費電力の和が200Wのとき、パソコンのスイッチング電源の変換効率が80%ならば、250W消費します。
純粋な消費電力 200W ÷ 0.8 = 250W(SW電源に与えた電力=課金される電力)
このときの50Wは熱として消費されます。もし電力変換効率100%のスイッチング電源があればその電源は全く発熱しません。発熱しないACアダプタ、PC電源、そういうものをみたことがありますか? どれだけ電力変換効率を上げるのが難しいか想像して頂けると思います(どんな機器*7もおよそ7~8割と思って間違えないです)。
通常パソコンの消費電力(W)は電力の変換効率は含んでいます(でも「350W電源」といったときは、出力電力(供給電力)表記なので電力の変換効率は含んでません。つまり表記以上の電力を消費します。)。
最近は80plusと言って、電力変換効率の良いATX電源が認定され売り出されています。
UPSの持ち時間
だいぶ前置きが長くなりましたが*8、UPSの電力はどう考えたらいいのでしょうか。
バックアップ時間表をみるのが一番楽ですが、本当に計算どおりになるのかSmart-UPS 1000で確認してみましょう。
使用バッテリ:12V/12Ah ×2
電力変換効率:0.85(予想値)
最大出力容量:1000VA/670W(100V時10Aまで。有効電力670Wまで。両方満たす必要あり)
バックアップ時間(「力率0.7で計算」とリンク先に書かれている)
140VA/100W 280VA/200W 420VA/300W 700VA/500W 100分 45分 25分 10分
バッテリーの能力は
12(V)×12(Ah)×2(個)=288VAh
既に述べたとおり力率は本来「消費電力には無関係」なのですが*9、UPSに内臓されているDCACコンバータが出力電流による効率低下の影響を大きくうけるので力率を考慮しVAの値で計算してみます。いわゆる概算です。UPSの電力変換効率を0.85として。
288VAh/140VA×0.85 = 104分(仕様書100分) 288VAh/280VA×0.85 = 52分(仕様書45分) 288VAh/420VA×0.85 = 34分(仕様書25分) 288VAh/700VA×0.85 = 20分(仕様書10分)
電力が増えると誤差が増えてますが、一般に出力電流(電力)が増えれば増えるほど変換効率は下がるのでいい線だと思います。
UPS1000TJVだと?
UPS1000TJVは電力変換効率はあっても、今度はバッテリーの仕様がありません。持続時間表の100VAから逆換算してみましょう。
バッテリー(VAh) = 100(VA)×127(min)/0.98(変換効率)/60 = 215VAh 12V×18Ah = 216VAh(予想)
これでバックアップ時間表を計算してみると。
215VAh/200VA×0.98 = 63分(仕様書64分) 215VAh/400VA×0.98 = 31分(仕様書29分) 215VAh/700VA×0.98 = 18分(仕様書15分)
ほとんど誤差がなく優秀です。
- Smart-UPS 1000 よりもバッテリーは少ない(215/288=75%)。
- 電力変換効率が大変良い(98%)。
- 負荷が増えても電力変換効率がそれほど落ちない。
仕様書がすべて真実ならば*10、IBMの方が優秀ということになります。Smart-UPS 1000(SUA1000JB)は廉価版なんでしょうね、きっと。
(おまけ)PFCとは?
世の中にはPFCという、力率改善機能の付いたPC用SW電源が売られています。一般に力率の改善方法は簡単で、現在の力率を測定したのち、それに合った進相コンデンサというものを買ってきて取り付ければ足ります(しかし一般家庭ではほとんど用がありません)。
力率を改善すると「ブレーカーが落ちにくくなります」が、消費電力は変わりません。力率以外の条件がイーブンならば、力率を改善することで消費電流が増えます。なぜなら力率を改善させるための仕組みが余計に電力を食うからです。
力率を改善することで電源自体の消費電流は変わらない(もしくは増える)のですが、電源ケーブルを流れる電流は減り電源ケーブルでの消費電力は減ります。しかし(家庭内では)微々たるモノです。また、力率を改善するとPCから電源へ流れ出すノイズが減る傾向があるため、その点は意味があります。
たまにActivePFCで効果的に消費電力が減りますと書かれた記事がありますが騙されないようにしましょう。
最近は
80 Plusと呼ばれる高変換効率の電源が市販され、Active PFC搭載でも十分に効率が良い電源が市販されるようになりました。